明日、いよいよ決戦だ
28年前の同じ6月14日、俺は小1だった。今年、小1になった息子と同じ日付が重なる。
明日、日本のワールドカップが始まる。
初戦の相手はオランダ。
キックオフは明朝5時。
アラームを4時20分にセットした。
コーヒーを淹れて、静かな家で、ひとりで観る。
そのつもりでいる。
少し前に気づいたことがある。
日本時間では明日が6月15日だけれど、試合が行われるアメリカでは、まだ6月14日。
それは——28年前、日本が初めてワールドカップのピッチに立った、あの日とまったく同じ日付だった。
1998年6月14日。俺は小学1年生だった。
日本の初戦は優勝候補のアルゼンチン。バティストゥータがいて、シメオネがいた。
前半28分、そのバティに決められて0-1。
記念すべき初陣は、世界の厚い壁を知る敗戦から始まった。
同じ大会で優勝したフランスには、ジダンとプティがいた。子どもの俺には名前と凄さがまだ結びついていなかったけど、大人たちが本気で熱くなる、その温度だけははっきり覚えている。
そして今年、長男が小学校に入学した。
真新しいランドセルが、背中にはまだ少し大きい。
28年前の俺と同じ、小1の年に、息子はワールドカップを迎える。
しかも初戦は、同じ6月14日。
偶然にしてはできすぎてる。
あの頃ただの観客だった俺は、いま親になって、隣の部屋で小1の息子を寝かしつけた。
同じ日付の上を、立場を入れ替えて、もう一度なぞっている。
98年のピッチに立っていたのは、ジダンやバティストゥータだった。
じゃあ——今年は、誰が活躍するんだろう。
息子はいつか、この夏のことを覚えているだろうか。
28年後、彼が自分の子どもの入学を見たとき、2026年のこの朝を思い出すことがあるんだろうか。
分岐点は、一代では完結しない。
世代をまたいで、形を変えながら、同じ日付の上で韻を踏む。
明日4時20分、アラームが鳴る。
息子はまだ眠っている。
起こすかどうかは、明日の朝に決める。
でも今日は、まず俺ひとりで観るつもりだ。
28年前、テレビの前にいた小1の自分に、「ここまで来たよ」と報告するみたいに。
いつか息子が自分から「一緒に観たい」と言う日が来る。
その日まで、隣の席はちゃんと空けておく。
さあ、明日だ。
余談だが、会社として地元・茨城の霞ヶ浦FCのスポンサーをしている。
ワールドカップを観て育ったその同じ茨城の地で、いまは地域のクラブを支える側に回っている。
サッカーとの縁は、思いがけない形でつながり続けている。

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