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藤沢と佐倉、同じ豪雨対策でも中身がまるで違う理由

地形が違えば、正解も変わる。藤沢の貯留管と佐倉の分散型補助。二つの都市の比較から、「前提を輸入する」ことの危うさを考えた。

text by 原 奈都良
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昨日、人として尊敬している1歳年上の人生の先輩に色々と相談をしていた。その方は藤沢にゆかりがあり、話の流れで「藤沢には豪雨対策で地下に排水システムがある」という話が出た。


本当かと思って調べたら、本当だった。


ただし、想像していたものとは少し違った。


地下に水を貯める町

藤沢市に整備されているのは「貯留管」というシステムだ。辻堂・羽鳥・藤沢・鵠沼・善行といった各地区の地中に、太い管が埋設されている。大雨のとき下水管が処理しきれなくなった分を、この管に一時的に退避させ、雨が止んでから流す仕組みだ。巨大な単一施設ではなく、地区ごとに分散した配管の集合体が実態に近い。


なぜ藤沢がここまでやっているのか。


平成26年(2014年)10月、台風18号が通過したとき、藤沢市の御所見観測点で1時間77mmという観測史上最大の降雨を記録した。床上浸水57棟、床下浸水73棟。数字にすると乾いた印象になるが、実際に起きたことは深刻だった。


そして藤沢市の下水道事業は、昭和26年(1951年)にスタートしている。設置の目的は、最初から浸水対策だった。南は相模湾に接し、市域のほぼ全体が境川と引地川の流域に属する藤沢の地形を見れば、その必然は腑に落ちる。雨は必ず低いところへ集まる。その「低いところ」が都市であれば、集中的なインフラで受け止めるしかない。


一方、佐倉はどうか

私の地元である千葉県佐倉市は、打ち手がまるで違う。


佐倉市が進めているのは、1時間あたり50mmの降雨に対応できる下水道施設の整備だ。ただし近年はそれを超える雨が降るようになっており、整備が現実に追いついていない面もある。もうひとつの柱は「雨水貯留槽・雨水浸透ます」への補助制度で、各家庭が少量ずつ雨水を保持する、分散型のアプローチだ。


洪水の浸水想定を見ると、リスクは印旛沼・鹿島川・高崎川沿いの低地に集中している。市街化区域では、JR佐倉駅北側や京成佐倉駅北側の周辺で最大0.5m以上の浸水リスクがある。内水による浸水は、河川の分岐点や湾曲部で点在的に発生し、高崎川沿いでは0.3〜1.0m未満の範囲が確認されている。


一方で、台地の上の住宅地はまるで話が違う。そこでは浸水よりも土砂災害警戒区域の方が論点になる。


つまり佐倉の地形は、台地と低地がくっきり分かれている。どこに住んでいるかによって、リスクの種類そのものが変わる。集中型の大型インフラを整備しても、台地の住民にとっては的外れになる可能性がある。だから「各家庭に少しずつ」という分散型の発想が出てくる。


インフラは地形の翻訳だ

藤沢の貯留管が正しくて、佐倉の分散補助が間違っているのではない。逆でもない。


正解が違うのは、前提が違うからだ。


地形の話を少し整理しておく。洪水の浸水には「外水氾濫」と「内水氾濫」の二種類がある。外水は河川の堤防が越水・決壊することで起きる。内水は、下水管や水路の排水能力を超えた雨が地表に溢れることで起きる。前者は河川管理者の領域で、後者は下水道管理者の領域だ。同じ「大雨で浸水した」という事象でも、原因が構造的に異なる。


藤沢が整備した貯留管は、内水氾濫への対処だ。都市部の下水管が飽和するという課題に対して、集中型の貯留で応答している。佐倉の分散型補助もまた内水への対処だが、地形的に一点集中が難しい台地・低地混在の市域に対して、分散という手段で応答している。


同じ問いに対して、地形が答えを変えている。



よくやってしまうのは、他所の成功事例をそのまま持ってくることだ。「あの市がうまくいったのだから、うちでも同じ手でいける」という発想は、地形を無視した輸入だ。インフラは地形の翻訳であって、翻訳する元の文章が違えば、訳文も変わる。


「郷に入っては郷に従え」という言葉は、礼儀の話として使われることが多いが、もっと物理的な意味でも正しいと思う。人間が先にいて、土地は後からついてくるのではない。土地が先にあって、人間はその条件の中で考える。


環境を変えるのではなく、環境を生かしながら共存する。自分の人生で体現したいことの1つだ。

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