鏡に映る自分は、虚像だ。(前編)
鏡の中の自分は左右が反転した虚像である。では、本当の自分はどこに映っているのか。Podcastから生まれた、自己認識についての考察・前編。

Podcastのソロ回として収録した内容を、前後編に分けて文章に起こした。
近況
最近、また少しずつ早起きができるようになってきた。
子どもが生まれてから生活リズムが変わり、早朝の静かな時間が一日の中でもっとも思考が澄んでいると気づいた。今回の収録もそういう時間に整理した内容である。
鏡に映る自分は、虚像だ
今回のテーマは「自己認識」だ。
きっかけは、ある朝、洗面所で自分の顔を見ていて、ふと気づいたことだった。
鏡に映る自分は、虚像である。
これは物理的な事実として正しい。光が反射することで像が結ばれるが、それは実像ではなく虚像だ。そして鏡の中の自分は左右が反転している。つまり、自分が普段「自分の顔だ」と思って見ているものは、他者が見ている自分の顔とは左右が逆なのだ。
当たり前のことのようで、改めて意識すると少し奇妙な感覚になる。
問い①「なぜ鏡の中の自分は虚像なのか」
鏡の原理を正確に言えば、鏡に映る像は「正立虚像」である。
光は鏡面で反射する。その反射光を目が受け取るとき、脳は「鏡の奥に像がある」と解釈する。しかし実際にはその場所に何も存在しない。あるのは光の経路から演算された幻であり、それが虚像と呼ばれる理由だ。
実像との違いは、スクリーンに投影できるかどうかだ。プロジェクターで映し出された映像はスクリーンに「実際に」光が当たっているから実像だが、鏡の像はスクリーンを置いても何も映らない。鏡の像は、あくまで「そこに見える」だけで、そこには「ない」のだ。
そして、左右の反転についても少し掘り下げておきたい。
鏡は上下を反転しない。左右だけを反転する。なぜそうなるのか、改めて考えてみると面白い。
答えは、鏡は前後を反転しているからだ。自分が北を向いて鏡の前に立てば、鏡の中の自分は南を向いている。つまり「前後反転」が起きている。それを人間が「左右として認識する」だけなのだ。
脳は、鏡の中の自分を「自分が振り返った状態」として解釈しようとする。その結果、本来は前後が反転しているものを、左右が反転していると体感するのだ。
自分が「自分だ」と思って毎日見ている顔は、実は誰も見たことがない顔かもしれない。
他者から見た自分の顔を、自分は一度も直接見たことがない。写真や動画に映る自分は「実像」に近いが、それは多くの人にとって「なんか違う」と感じる。鏡に慣れすぎているからだ。
これは顔の話に留まらない、と私は思う。
後編では、「では本当の自分はどこに映っているのか」という問いと、その先の話をする。
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Editor's Note
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