ブンキテン
Essay思索

看板の名前と、それをやっている会社は、だいたい別物だった

モスはダスキンじゃない。でもその話には続きがある。看板の裏側を少し覗いてみたら、途端に世界の解像度が上がった。

text by 原 奈都良
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「モスバーガーって、実はダスキンがやってるらしいよ」


そんな声が街中で聞こえてきた。


・・・いや、それは違う。正しくは、ダスキンが運営しているのはミスタードーナツのほうだ。モスバーガーはモスフードサービスという別の会社が運営している。


ただ、この話には続きがある。2010年、モスフードサービスとダスキンは外食事業で資本・業務提携を結んでいる。その一環で生まれたのが「MOSDO!」という、ハンバーガーとドーナツを同じ店で買えるコラボレーション店舗だ。だから「モスとダスキンは無関係」というのも、厳密には言いすぎになる。


つまりその方の記憶は半分ずれていて、半分は正しかった。そして訂正されたあとのほうが、話としてずっと面白くなった。


掃除の会社が、ドーナツを売っている

そもそも冷静に考えると、ダスキンがミスタードーナツをやっていること自体が相当に奇妙だ。


ダスキンといえば、玄関のマットと、家に置いてあるあの黄色いモップである。掃除用具のレンタルが本業の会社が、なぜドーナツなのか。子どもの頃の私はミスタードーナツを「アメリカから来たドーナツ屋さん」くらいに思っていた。運営している会社の名前なんて、考えたこともなかった。


※父親がたまに買ってくるミスドが、アホみたいに嬉しかった。


考えたことがなかった、というのが正確なところだ。知らなかったのではなく、疑問にすら思っていなかった。


似たような例は、いくらでもある

気になって少し調べてみたら、同じ種類の「ずれ」がそこら中にある。


タリーズコーヒーは、伊藤園のグループ会社。1997年に銀座で1号店を開いたのは松田公太さんという個人で、そこから紆余曲折あって2006年に伊藤園の傘下に入っている。緑茶の老舗が、コーヒーチェーンを持っている。しかも近年は、タリーズの農園で規格外になった豆を伊藤園のペットボトル飲料に活用する、といった連携まで進んでいるらしい。


丸亀製麺は、香川県丸亀市とは何の関係もない。運営しているのはトリドールホールディングスで、発祥は兵庫県加古川市。1号店も加古川に出している。そして丸亀市内には、一店舗も出していない。ちなみに丸亀市には、1969年から2023年まで「丸亀製麺株式会社」という別の製麺会社が実在していた。こちらとも無関係だ。創業者が香川の製麺所で見た「打ち立てを目の前で出す風景」を再現したかった、というのが名前の由来だという。


「餃子の王将」と「大阪王将」も、別の会社。もともとは京都の餃子の王将から、創業者の親類がのれん分けする形で1969年に大阪で始まった店だった。それが商標をめぐる係争を経て、いまは資本関係も業務提携関係も一切ない。餃子の王将の公式サイトには、問い合わせ先を間違えないでほしい、という趣旨の案内がわざわざ載っている。血縁から始まって、他人になった二社。


看板は、約束であって、正体ではない

こうして並べてみると、ブランドの名前というのは、その裏側にある会社の実態をほとんど説明していないことがわかる。


でもそれは、別に不誠実なことではないと思う。


「ミスタードーナツ」という看板は「ここに来ればドーナツがある」という約束だ。「丸亀製麺」という看板は「打ち立てのうどんが出てくる」という約束だ。客が受け取っているのは会社の系譜ではなく、その約束のほうで、そして約束はきちんと果たされている。だから僕らは、運営会社を知らないまま何十年もその店に通える。


看板は、正体を隠すためのものじゃない。正体を知らなくても安心して選べるように、あらかじめ束ねてくれているものだ。


知らないでいられる、ということ

そう考えると「知らなかった」というのは、必ずしも怠慢の証拠ではない。知らなくても困らないように誰かが設計してくれた結果でもある。


ただ、たまにその裏側を覗くと、途端に世界の解像度が上がる。掃除の会社がドーナツを売る決断をした瞬間があり、お茶の会社がコーヒーを引き受けた交渉があり、親類同士が名前をめぐって争った歳月がある。看板の裏には、必ず誰かの判断と、その判断を背負った人生がある。



私は株式会社Kankaという会社をやっている。仕事の性質上、弊社の名前が表に出ることはほとんどない。むしろ今は出なくていい。


世に出ていくのはクライアントの看板であって、そこにKankaのロゴが並ぶわけじゃない。誰がどんな順番で考えて、どこで踏ん張ったかは、外からは見えない。


それでいい、と思っている。裏方というのはそういう仕事だ。


看板の約束がちゃんと果たされていれば、裏側にいた人間の名前は必要ない。ダスキンがミスタードーナツの箱に大きく社名を刷らないのと、どことなく同じ理屈だと思う。


ただ、自分が誰かの看板の裏側にいる人間である以上、他人の看板の裏側にも敬意を持っていたい。「へえ、ダスキンなんだ」で終わらせずに、なぜそうなったんだろう、と一度だけ立ち止まれる人でありたい。


間違えたことよりも、間違いを教えてもらったあとに何を調べるかのほうが、その人らしさが出る気がしている。


PS 2026年9月時点で私はトリドールの株主だ。つくばのトリドール店舗は混んでいるし、御茶ノ水の丸亀製麺はお昼時に行くと信じられないくらい行列だ(心の底から、信じられない。でも株主としては微笑ましいので全てOK)

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